カーボンニュートラルの裏側:石炭に逆戻りする米中、前進する小さな国々

世界は今、カーボンニュートラルという共通の目標に向かって歩みを進めているように見えます。しかし、実際には最大の排出国であるアメリカと中国の動きが、こうした流れに大きな影を落としています。彼らの政策は国内事情にとどまらず、国際的な協調体制そのものを揺るがすものとなっています。

1. 石炭に回帰するアメリカ:時代錯誤のエネルギー政策

2025年4月、ドナルド・トランプ大統領は石炭産業の復活を掲げた大統領令に署名しました。これは単なる規制緩和ではなく、国際社会が合意した気候目標に真っ向から反する動きです。

この命令の主な内容は以下の通りです:

  • 石炭を「戦略鉱物」と再定義し、連邦支援の対象とする
  • 全国70カ所以上の火力発電所に対し、環境規制(特に水銀・ヒ素排出)を2年間停止
  • 老朽化した石炭発電所の再稼働および運転延長を許可
  • 連邦政府の土地における採炭許可を迅速化する制度の導入

この政策の大義名分は「米国のエネルギー自立と電力安定」ですが、背後には明確な政治的計算があります。トランプ氏の支持基盤であるラストベルト(五大湖周辺地域)の住民は今も石炭産業に依存しており、これは雇用保護を名目に、時代遅れの産業を延命させる政治的手段となっています。

米国は現在、世界第2位のCO₂排出国(全体の約14%)です。そのアクションが与える影響は国内にとどまらず、国際的な気候外交の信頼を大きく損なうことになります。

2. 二枚舌の中国:再エネと石炭を同時に推進?

中国は世界最大の排出国で、2023年には全世界のCO₂排出量の約32%を占めました。注目すべきは、中国が再生可能エネルギーへの莫大な投資を進めながら、同時に石炭火力の新設も積極的に推進している点です。

その理由として、中国政府はAIデータセンターやEV(電気自動車)産業の発展、都市化の加速に伴うエネルギー需要の急増を挙げており、これを「エネルギー安全保障」の問題と位置付けています。

しかし現実は以下の通りです:

  • 2023年だけで100GW以上の新規石炭火力発電所を承認(世界全体の85%以上)
  • 沿岸部はグリーンエネルギーを望む一方、内陸部は国有企業が支配する石炭依存産業に依然として依存

このような“両面戦略”は短期的には合理的に見えるかもしれませんが、気候科学が強調するのは「累積排出量」こそが将来を左右するという点です。今、排出量を増やす選択をするということは、未来の不安定さを選ぶことに他なりません。

3. 崩れる気候外交、分裂する国際秩序

アメリカと中国の気候政策が後退する中で、国際的な気候外交の基盤が崩れつつあります

その象徴ともいえるのが、EUによる炭素国境調整措置(CBAM)の導入です。これは高炭素商品に対して関税を課す仕組みであり、今や気候政策が貿易、外交、安全保障と密接に結びついていることを意味します。

つまり、米中のような大国がカーボンニュートラルから逸脱することは、単なる排出量の問題にとどまらず国際的な政策の枠組みそのものを歪める結果を招くのです。

4. 大国が後退する中、小国が未来を切り拓く

このような状況下で、世界のいくつかの小国は独自の創造的かつ実践的なカーボンニュートラル戦略を打ち出しています。

  • コスタリカ:電力の約98%を水力・地熱・太陽光で供給。炭素税の導入が森林保護と雇用創出に貢献
  • デンマーク:2030年までに排出70%削減を目指し、電力の半分以上を風力で賄う。「エネルギーアイランド」構想も進行中
  • ノルウェー:2024年時点で新車販売の90%以上が電気自動車。強力な補助金とインフラ整備により脱炭素を加速
  • エストニアスマートグリッドの導入でエネルギー効率を改善
  • ブータン:森林保護を憲法に明記し、世界で数少ないカーボンネガティブ国家

これらの国々は地政学的には小規模でも、気候政策の実験場として、世界に希望あるモデルを提示しています。

5. 小さな光が道を照らす

「大国が動かないのに、小国が頑張っても意味がない」――こうした声は現実的に聞こえるかもしれません。しかしそれは本質的に誤った見方です。

  • 第一に、気候変動は国境を超える問題であり、すべての国の行動が重要です。
  • 第二に、小国の実験が世界標準になることもあります(スウェーデンの炭素税やニュージーランドの農業排出課税が好例)。
  • 第三に、カーボンニュートラルはエネルギー・経済・テクノロジー・安全保障など、国家戦略の核心にあるテーマです。先導する国こそが、未来の競争力を握ることになるのです。

結論:リーダーシップとは、規模ではなく「方向性」

アメリカと中国の後退は確かに失望をもたらします。しかし、それが全てではありません。むしろ、小さくても確かな一歩が、世界の協力体制を再構築する可能性を秘めているのです。

真の気候リーダーシップとは、責任と行動から生まれるものです。

国が小さくても、市民の意志が強ければ、私たちは世界をより良い方向に導ける。――気候危機の時代において、それこそが本当のリーダーシップなのかもしれません。

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